自分史を書く意味

自分史を自費出版するということが、どのような意義を生み出すでしょうか。まず、この世に確かに自分という人聞が存在したという証明ができます。

さらに、ひとつの書籍として創作物を完成させることができたという充足感、やり遂げたという自部を得ることもできるでしょう。

自分が生きた人生がそのまま道となっているため、それを振り返り、自分をひとつの存在として見つめ直すことが意味を成すことでしょう。自分が生きてきた人生について、自分が能動的に書かないのであれば、きっと誰かが書いてくれることはありません。自分史は、そのすべてを知り尽くしている自分にしか書け得ないということになります。

また、私たちは両親のことをどれだけ知っているでしょうか。果てはお爺さん・お婆さん世代やひいお爺さん・ひいお婆さん世代ともなれば、自信を持って知っていると言えることのほうが見つけづらいほどかもしれません。そういった上の世代の方々がもしも自分の歴史を書いて残してくれていたのであれば、子孫から見て、彼らを知る、または彼らの思い出に触れる上でこれほどの財産・資料はないといえるでしょう。

例えば、物の流行り廃りが凄まじく早いこの時代において、生まれてすぐ身近に携帯電話などの最先端機器が備わっている子どもや孫たちの世代が、その上の時代においてはどの家庭にも黒電話というものが置かれていたということを知ったなら、どれほどの興味を持ってくれるかわかりません。また、親子関係の存続に役立てられる可能性もあります。教育上、子供が言うことを聞いてくれない、しつけも守ってくれないなどコミュニケーションが上手く出来なくなったり、あるいは口に出してしまうとストレートに届きすぎてしまったりしますが、文という形式ならば目で読むというクッションが存在し、こちらの考えを柔軟に受け入れてくれるようになるかもしれません。家庭の絆を強く結びつけていくために、自分史が役に立つ日がくるのではないでしょうか。